ひとんちの庭

すきなことをすきなように。できればつつましく。

うちにも長塚圭史ください! 開かれた“えんげき”『冒険者たち 〜JOURNEY TO THE WEST〜』

 神奈川県の公共劇場、KAAT神奈川芸術劇場を起点に、「KAATカナガワ・ツアー・プロジェクト」と銘打って、神奈川県内6都市をキャラバン方式で巡る公演だ。ベースとなる題材は『西遊記』。「三蔵法師一行が天竺を目指す道中で、時空を超えて神奈川県に迷い込み、県内地域の伝説や昔話の世界を縦横無尽に旅する冒険譚」という、わかるようなわからないような作品。

 2021年度からKAATの芸術監督に就任した長塚圭史さんの作品はわりとよく観に行く方だし、出演者のひとりである成河さんの芝居が大好きなので、神奈川県には何の縁もない身ではあるけれど、無条件にチケットを購入し、開幕してすぐにアフタートーク付きの回を観に行った。

 まず作品として、シンプルに楽しい。開演してすぐに「神奈川県」役の成河さんが前口上を述べる。軽妙な語り口に客席が沸く。コンテナのようなボックスからキャラクターが登場し、音楽が奏でられ、瞬く間に「演劇を観にきた劇場の客席」から劇中へ取り込まれていく。超特急というほど性急でない、快速くらいの心地いい速度で物語の世界へ連れて行かれる。

 一度散り散りになった三蔵法師一行が、神奈川県の各所を巡りながら再会していくという展開なのだが、そこに県内で最近起きた出来事だったり、再会した沙悟浄がウーバーイーツでバイトしてたりなどという「今」の要素や、県外の人間からするとマイナーであろう地域のエピソードが織り込まれる。もちろん知らなくても楽しめた。楽しめたけれど、地域に馴染んだ県民だったらより細部までしゃぶり尽くして楽しめただろうな、と思うと「いーなーー神奈川県民!」という羨ましさが湧き上がってきた。

 この羨ましさには後ろ向きな意味はないし、雑念として観劇を邪魔することは全くなかった。終演後のトークでも触れられていた、公共劇場で行われる企画の主旨として大成功しているという証だと思う。ライブパフォーマンスである演劇は、元来「作り手と受け手が同じ空間にいる」ことがその魅力の大部分であると言っても過言ではない。それはコロナ禍によって、舞台芸術が配信で愛好家の元に届けられるようになった今でも変わりない。時間や場所や経済的な制約を超えて触れられるようになったのは間違いなく喜ばしいことではあるけれど、やはり作り手としても、環境をほぼ完全に理想に近い状態にコントロールできる劇場で作品を届けたいという想いもあるだろう。

 だからこの作品が普段は巡ることのない場所に向こうからやってきて、「自分の目の前で繰り広げられるパフォーマンス」を楽しめるーーしかもそれが地域に根ざした題材を吸収しているということに、なんて素晴らしいツアーなんだろうと興奮してしまった。ずるい! これは「その地域で劇場に足を運んだ人」こそが余すことなく楽しめるやつ! 私の住んでるところでもそういうのやってほしい! ……ということで、記事タイトルの「うちにも長塚圭史ください!」につながる。(そもそも居住している県に芸術監督がついているような公共劇場がない気がする……)

 もちろん企画に賛同を得るには苦労もあり、各地の劇場に最初に打診した際には「どうせ気まぐれに来て終わりなんでしょ。公演一回じゃ観劇文化は育たないよね」的な反応もあったそうだ。私自身も、普段演劇に触れない友人から「どこでやってるの? ていうか毎日やってるの?」「何を観たらいいのかわからない」「チケット高いし観たいと思ったら売り切れてる」といったことを言われることが多い。

 社会全体に余裕があるわけでもない今、演劇はすごく小さなマーケットで回している状態にあって、業界にいる人間もそこに対する危機感は強いという話もよく聞かれる。いくら敷居を下げても、元々興味のない層に劇場に足を運んで貰うのはそう簡単な話ではない、ということはありつつも、現状を打開するための種まきとして全力で応援したい、練り上げられた企画だと思った。


 そんな企画意図云々はさておいても、冒頭でも書いたとおり、とにかくシンプルな演劇的楽しさに溢れた作品であることは声を大にして伝えたい。ミニマムなセットが瞬時に色々な場所に変わること。音楽や効果音の大部分を担う、角銅真実さんの演奏。(初めて触れたけど、この演奏だけでもお釣りがくるくらいすごかった。見たこともない楽器を次々に奏でる様が楽しい)その演奏に入れ替わり立ち替わり加わったり、影絵を操ったり、セット転換までしながら、魅力的なキャラクターを演じる役者の力。「そこに物理的にはないもの」を想像力で楽しめる演劇の醍醐味を、難しくなく体験できる幸せな時間だった。(打楽器をふんだんに用いた演奏シーンのせいか、以前成河さんが出演していた、新国立劇場での『アジア温泉』でも感じた、雑多で開かれた祝祭的な雰囲気を思い出した)

 この作品を成河さんが「えんげき」と表していたけど、全くその通り、特別なハレの場として身構えずに軽い気持ちで楽しめる。慣れ親しんだ人には魅力でもある哲学的なテーマだったり、感情を根幹から揺さぶるドラマチックなストーリーが、そうでない人には敷居が高く感じてしまうこともあるだろう。そういった意味でも作品としての気楽さ、ツアーとしての身軽さは評価されて欲しいし、後に続く企画が出てきて欲しいなと願う。

 ツアーはKAAT・川崎公演を終え、それ以降相模原・大和・厚木、小田原、横須賀と巡り、3月19日に千秋楽を迎える。絶対楽しいと思うから、どこかタイミングが合えば観て欲しいと身近な人に宣伝しまくってるけど、果たしてどれくらい響いているか。

ーーーーーーーーーー
▼公演概要

KAATカナガワ・ツアー・プロジェクト 第一弾
冒険者たち  ~JOURNEY TO THE WEST~』

KAAT 神奈川芸術劇場 中ホール 2/8〜10
川崎市アートセンター アルテリオ小劇場 2/19.20
杜のホールはしもと ホール 2/23
大和市文化創造拠点シリウス1階 芸術文化ホール メインホール 2/26.27
厚木市文化会館  小ホール 3/4.5
小田原三の丸ホール 小ホール 3/12.13
ヨコスカ・ベイサイド・ポケット 3/19

上演台本・演出:長塚圭史(原作:呉承恩西遊記』)
共同演出:大澤遊 
音楽・演奏:角銅真実
舞台美術・衣裳:長峰麻貴
ヘアメイク:冨沢ノボル
照明:上山真輝
音響:星野大輔 
演出助手:神野真理亜
舞台監督:竹井祐樹
出演:柄本時生 菅原永二 佐々木春香 長塚圭史 成河

https://www.kaat.jp/d/bokenshatachi